路地裏ブック

本の感想

今村夏子「木になった亜沙」感想 文學界10月号

木になった亜沙を読む

やはりこの作家はただものじゃない。
「木になった亜沙」は、あらすじだけ追えば「変身譚」。タイトル通り、人間が木になる話だ。
一見するとよくある話。いかにも現代文学作家が書きそうなものだが……。
安心してほしい。ただの変身譚ではない。今村夏子色に染まりまくっている。

24時間テレビもびっくりの半生ダイジェスト

小説は保育園児の「亜沙」からスタートする。
ひまわりの種をお菓子にしたけど友だちが食べてくれない。好きな子にクッキー焼いたけど食べてくれない。
実はこの「食べてくれない」ということが、小説のキーワードになっていく。

なぜか亜沙が作るものを誰も食べてくれないのだ。
亜沙はこのことに薄っすらと気付いていてショックを受けている。

「食べてくれない」っていうのがテーマの小説って他にあっただろうか?
この「食べてくれない」理由も、色々と考察できておもしろいところ。
小説の序盤で母親が入院をしはじめ、やがて死んでしまうんだけど、まさか……と思ってしまう。
今村夏子あるあるだろうか。

母親の死のあと、叔母夫婦に引き取られ、赤ちゃんに母乳をあげようとしたところを見られ、高校でいきなりグレる。そして寺に行かされる。

これがもうノンストップで展開される。だらだらとした感傷なんて興味ないとでもいうかのようである。
おっと、この小説で「赤ちゃんのシーン」はわりと重要だ。
恐る恐るミルクを作ったら赤ちゃんがごくごく飲んでくれるのだ。
亜沙にとっては貴重の「食べてくれたシーン」である。
恐らく物心ついていないから善悪の区別がついていないんだと思う。

寺を離れることになる亜沙。最後にスキーに行こうと誘われて滑る。死ぬ。絶叫しながら死ぬ。ちなみにタヌキにチョコあげようとして拒否られます。
死人の顔に、木の実が落ちてくる。あ、木になったら食べてもらえるんだ、と思った亜沙。
その願いが通じたのか、見事「木」になります。ぱちぱち。

もちろんここで終わりではなく、ここまでが前半戦である。
ここから「木」になって→「○○」になって、そしてラスト。
「食べてくれない」がこうなるのかと思うと素晴らしい。

後半戦は文學界10月号本誌でどうぞ

文學界2017年10月号

文學界2017年10月号

普段エンタメしか読まない人でも、おもしろいんじゃないかと思う。
今作だけを見れば、ぎりぎり「倉橋由美子」が近いんじゃないかな、と感じた。
ブラックユーモア感ある。

芥川賞について

「木になった亜沙」が芥川賞とれるかと思うかといえば微妙。恐らく「星の子」でとると予測した編集者が、受賞後第一作としてお願いしたのだと思う。芥川賞とるには短すぎる。ただ、高橋弘希の「短冊流し」が候補になったことを思えば、候補にはなるかもしれない。変身譚としては本谷有希子の「異類婚姻譚」が一昨年くらいに芥川賞をとっている。その異類婚姻譚に比べると「木になった亜沙」の方が出来自体はいいかなと印象。