路地裏ブック

本の感想

津村記久子『婚礼、葬礼、その他』感想

婚礼、葬礼、その他 (文春文庫)

婚礼、葬礼、その他 (文春文庫)

ものすごく大雑把に「婚礼、葬式、その他」という小説を説明すると、友人の結婚式の日に、部長の母という名前も知らない人の葬式に参加せざるを得なくなった人の話だ。
OLのヨシノは、楽しみにしていた旅行を予約したその日に友人から「結婚式をする」という手紙が届く。旅行の最終日とモロかぶりしていたヨシノは旅行を前倒しにすることもできず、結婚式の参加を決める。
なんと、ヨシノは今年3度目の結婚式だったのだ。泣く泣く旅行代理店にキャンセルの電話をかけながらヨシノはこう思う。

神様、一年間に参加できる結婚式の数は一つまでと決めてくれませんか、そしたら、わたしも慎重に選びます、慎重に選ぶ方便ができます。

思わず「わかるわかる」と呟きたくなるような心情にクスリと笑ってしまわないだろうか。
津村記久子の小説は日常の細かい「わかるわかる」に満ちている。些細だけど本人にとっては重要な出来事を拾いあげるのが上手い。
「婚礼、葬礼、その他」は、少し日常から浮いたものではあるけれど、誰でも経験のある結婚と葬式を舞台にしている。
でも、OLヨシノの一番の関心事というのはタイトルの「その他」に当てはまる「空腹」である。
忙しさのため食いっぱぐれたヨシノは、とにかく何か食べたいと思うも、まったく食に辿りつけない。
社会的優先度では、葬式>結婚式>空腹になるのだろうけど、本人にとっては空腹>結婚式>葬式なのだ。そこがおもしろいと思う。

さらに津村記久子のすごいところは、葬式をないがしろにしていないということだろう。ああ誰だかわからない葬式に参加して疲れたよ、で終わるのではなく、そこからさりげなく「人の死」というものを拾っている。
ヨシノが泣くことはまったく理にかなっていないからこそ、「死」というものの唐突さを表現できていると思う。
結婚式にいる友人のフォローや葬式の受付、忙しさに追われていたヨシノも、葬式が始まると座っているだけしかできなくなる。そのときドバっと色んなことを考える。そのとりとめのなさが、本当にリアルだし、小説がふっと変わって、すごく良い。

ちなみに『婚礼、葬礼、その他』には短編が併録されている。「冷たい十字路」という色んな視点から自転車事故の周辺について描いたものだ。こちらは表題作と比べると、よりシリアスな作品になっている。先生と事故にあった生徒の関係などぼんやりとしか描かれておらず、想像する余地がある作品になっている。
個人的には表題作の方が好きである。